コラム

杜雲華:『超齢労働者権益保障規定』のわかりやすい解説 ――企業の雇用管理における七つの変化

2026-06-11

  著者:杜雲華

中国では、高齢化の進展や定年延長制度の着実な推進により、法定退職年齢を過ぎても働き続けることが一般的になっています。しかしこれまで、法定退職年齢を超える労働者は労働法の保護の対象から外れがちで、従来の労働者として認められにくい状況がありました。その結果、労働関係の認定が難しい、労災保障が受けにくい、社会保険の継続が困難、権利救済の手段が不明確、といったさまざまな問題に直面してきました。

こうした背景を踏まえ、中国人力資源・社会保障部は、国家衛生健康委員会、応急管理部、国家税務総局、国家医療保障局と共同で、『超齢労働者基本権益保障暫定規定』(以下「暫定規定」)を公布しました。「超齢労働者」とは、中華人民共和国国内において、用人単位が法定退職年齢を超える労働者を雇用する場合における当該労働者をいう。

この暫定規定は2026年5月10日に公布され、2026年7月1日から正式に施行される予定です。『暫定規定』は、超齢労働者に従来の労働法をそのまま全面適用するものではありません。現実のニーズに応じて、既存の労働関係の枠組みを維持しながら、超齢労働者にとって最も重要で切実な権益を特別に保護することを目的としています。言い換えれば、「限定的に労働法を適用する」という新しい制度的試みといえます。

特に、書面による雇用契約、労働時間管理、労災保障、社会保険の継続、紛争解決、労働組合による権利保護などの規定は、超齢労働者の基本権益を保障するうえでの方向性を示す重要な内容です。

本稿では、企業の実務に大きな影響を与える主要条項に焦点を当てて、解説していきます。

一 雇用契約(雇用協議)の締結義務

【原文】

第6条「使用者は超齢労働者と書面による雇用協議を締結し、契約期間、業務内容、勤務地、労働時間、休息・休暇、労働報酬、社会保険、労働保護、労働条件、職業危害防止等の事項を明確に定めなければならない。」

【弁護士解説】

本条は、超齢労働者の雇用に関するルールを明確化し、これまで見られた曖昧な雇用管理を是正することを目的としています。

実務上、外資系企業を含む多くの企業では、定年退職者を再雇用する際に、労務契約や再雇用契約のみを締結するケースが少なくありませんでした。しかし、『暫定規定』の施行後は、超齢労働者を雇用する場合、書面による「雇用協議書」を締結し、雇用条件を明確に定めることが求められます。

もっとも、本規定が求めているのは「労働契約」ではなく「雇用協議書」です。そのため、企業は通常の労働関係に適用されるすべての法的義務(例えば無固定期間労働契約の締結義務など)を負うわけではありません。

一方で、超齢労働者が通常の労働者とは異なる立場にあることを理由として、労働報酬の支払義務や労働安全衛生上の配慮義務、職業上の保護義務などの基本的な責任を免れることはできません。

二 雇用終了における柔軟性

【原文】

第8条「雇用協議期間の満了、または双方が約定した業務内容の完成により、雇用は終了する。双方が約定した終了条件が発生した場合、または双方協議一致のうえ雇用協議を解除した場合、雇用は終了する。」

【弁護士解説】

本条は、超齢労働者との雇用関係について、通常の労働契約よりも柔軟な終了ルールを認めるものです。

『労働契約法』では、企業による一方的な契約解除に厳しい制限が設けられており、解雇には法定事由や厳格な手続が求められます。一方、本条に基づく超齢労働者との「雇用協議」については、契約期間の満了、約定した業務の完了、または事前に定めた終了条件の発生により、雇用関係を終了させることができます。

また、当事者双方が合意した場合には、雇用協議書を解除することも可能です。

このように、超齢労働者との雇用関係は、通常の労働契約と比べて終了事由の設定や契約終了の運用において柔軟性が高く、企業にとって人員配置や人材活用の選択肢を広げる制度設計となっています。

三 長時間労働に対する保護

【原文】

第9条「使用者は『国務院職工労働時間規定』および『全国年節・記念日休暇弁法』に基づき、超齢労働者の労働時間および休息・休暇を合理的に手配し、原則として超齢労働者に時間外労働を行わせてはならない。使用者が超齢労働者に時間外労働を命じる場合、『中華人民共和国労働法』第四十一条、第四十二条および第四十四条の規定を遵守しなければならない。」

【弁護士解説】

これまで、超齢労働者に対して『労働法』上の労働時間規制が適用されるかどうかについては、実務上一定の議論がありました。そのため、一部の企業では「労働関係が成立していない」との理由で法定労働時間の規制を適用せず、超齢労働者に長時間労働を求めるケースも見受けられました。

しかし、本条の制定により、超齢労働者についても特別な保護が必要な労働者であることが明確に示されました。

本条は時間外労働を全面的に禁止するものではありませんが、「原則として時間外労働を行わせてはならない」と規定し、超齢労働者の健康や安全への配慮を重視しています。

また、業務上の必要性からやむを得ず時間外労働を命じる場合には、『労働法』に定める時間外労働の上限規制を遵守しなければなりません。さらに、通常の労働者と同様に、法定基準に基づく残業代を支払う必要があります。

本条は、超齢労働者に対する労働時間管理のルールを明確化するとともに、企業による長時間労働の抑制を図る重要な規定といえます。

四 最大の変革――超齢労働者への労災保険加入義務

【原文】

第15条「使用者は超齢労働者について労災保険に加入し、労災保険料を納付しなければならない。本人は労災保険料を負担しない。超齢労働者が業務上の事故傷害または職業病を被った場合、規定に基づき労災認定および労働能力鑑定を行い、相応の労災保障待遇を享受する。超齢労働者に対する労災保障弁法は別途制定する。」

【弁護士解説】

本条は、『暫定規定』の中でも最も画期的な条項です。従来、超齢労働者は労災保険の対象外とされてきました。そのため企業は、労災リスクを回避する手段として商業保険を利用するケースが多くありました。

しかし、商業保険では支払い条件や障害等級、補償額に大きな差があり、法定賠償基準を十分にカバーできないことが少なくありません。その結果、企業は依然として高額な賠償リスクを負うことになり、事故処理も長期化しやすく、結果が不確実なままでした。

今回の規定により、国家は初めて制度レベルで、超齢労働者の職業リスクを社会保険で分担すべきことを明確化しました。企業は法に基づき超齢労働者を労災保険に加入させる義務を負い、労災事故が発生した場合は、通常の労働者と同等の法定保障を受けることが可能となります。

この条文により、超齢労働者の安全保障は制度として正式に確立され、企業のリスク管理や雇用管理の方法にも大きな影響を与えることになります。

五 年金保険および医療保険の継続加入

【原文】

第16条「超齢労働者がすでに基本養老保険待遇を受給しつつ就業を継続する場合、その受給資格は変更されない。基本養老保険待遇を受給しておらず、引き続き職工基本養老保険に加入することを選択する超齢労働者は、個人資格により保険料を継続納付することができる。使用者との協議一致により、使用者が規定に基づいてその保険料を納付することもでき、個人負担分は使用者が控除代納する。」

第17条「超齢労働者がすでに職工基本医療保険退職者待遇を受給しつつ就業を継続する場合、その受給資格は変更されない。職工基本医療保険退職者待遇を受給しておらず、引き続き職工基本医療保険に加入することを選択する超齢労働者は、個人資格により保険料を継続納付することができる。使用者との協議一致により、使用者が規定に基づいてその保険料を納付することもでき、個人負担分は使用者が控除代納する。」

【弁護士解説】

本条は、超齢労働者の年金保険および医療保険の取扱いを明確化したものです。

すでに年金や退職後の医療保険給付を受けている超齢労働者については、再就職した場合であっても、その受給資格に影響はありません。就業の継続を理由として、既に取得した受給権が失われることはありません。

一方、社会保険の加入期間が不足しているため、まだ年金や退職者向け医療保険の給付を受ける条件を満たしていない超齢労働者については、本規定により保険料の継続納付が認められました。本人が個人資格で納付を継続することもできますし、企業との合意があれば、企業が規定に基づいて保険料を納付することも可能です。

これは、「定年退職を迎えた時点で社会保険の加入も終了する」という従来の考え方を改め、超齢労働者が不足する加入期間を補い、将来的に正式な年金給付や退職者医療保険の待遇を受けられるようにするための制度といえます。

本条は、超齢労働者の老後保障を強化するとともに、定年後の就業と社会保障制度との接続を円滑にする重要な規定といえます。

六 紛争解決――核心事項は労働仲裁で対応可能

【原文】

第19条「本規定に明確に定められた労働報酬、休息休暇、労働安全衛生、労災保障に関する紛争については、『中華人民共和国労働争議調解仲裁法』に基づき処理する。その他事項に関する紛争については、当事者は法に基づき人民法院へ提訴することができる。」

【弁護士解説】

これまで、超齢労働者をめぐる紛争が「労働争議」として処理されるのか、それとも一般民事紛争として扱われるのかについて、統一的な基準は存在していませんでした。そのため、企業と超齢労働者の間で権利義務の争いが生じた場合、手続の選択や対応方法で混乱が生じることがありました。

第19条では、労働報酬、労災、労働安全衛生、休息・休暇などの超齢労働者の核心的権益に関わる事項については、労働争議仲裁手続を利用できることを明確に定めています。

一方で、その他の事項については、通常の民事訴訟として人民法院に提訴することが可能です。

この制度設計により、超齢労働者は自身の基本権益について迅速かつ実効的に救済を求めることができ、企業にとっても紛争処理のルールが明確化されます。

七 労働組合による監督と柔軟な定年延長の扱い

【原文】

第22条「労働組合は法に基づき超齢労働者の合法的権益を擁護し、使用者による超齢労働者権益保障状況を監督する。使用者が超齢労働者の合法的権益を侵害した場合、労働組合は意見提出または是正要求を行う権利を有する。超齢労働者が仲裁申請または訴訟提起を行う場合、労働組合は法に基づき支援および援助を提供する。」

第23条「国家の関連規定に基づき、柔軟な定年延長を行う労働者については、柔軟な定年延長期間中において、『中華人民共和国労働契約法』および『公立機関人事管理条例』などの法律・規則が適用される。」

【弁護士解説】

本条で特に注目すべき点は二つあります。

1. 超齢労働者も労働組合の保護対象となったこと

今後、企業が超齢労働者を雇用する場合であっても、労働組合はその雇用行為を監督する権限を持ちます。

企業が報酬の不当な引き下げ、安全対策の不履行、あるいは紛争発生時の責任回避を行った場合、労働組合は法に基づき是正意見を提出できます。また、超齢労働者が労働仲裁や訴訟を申し立てる際には、法的支援や援助を提供することが可能です。

2.柔軟な定年延長は超齢労働者の雇用とは異なる扱い

柔軟な定年延長制度に基づき定年を延長している従業員は、「超齢労働者」とは区別されます。

この期間中は、通常の労働契約関係として『労働契約法』や『事業単位人事管理条例』が全面的に適用されます。

したがって、契約満了時の補償、不当解雇賠償、有給年次休暇などの権利を引き続き享受できます。企業は、単に従業員が定年年齢に達したことを理由として、法定保障水準を引き下げることはできません。

この条文により、労働組合の監督権限と柔軟な定年延長制度の法的位置づけが明確化され、企業は超齢労働者・延長勤務者双方に対して適切な権利保障措置を講じることが求められます。

八 今後の対応

すでに超齢労働者を雇用している企業は、速やかに以下の対応を実施する必要があります。

1.現状把握とリスク補完

(1)現有超齢従業員の雇用形態、契約内容、社会保険・労災保険の加入状況を全面的に整理。

(2)最優先で、法に基づく労災保険への加入を完了させ、最大リスク領域を補完する。

2.契約・書面の更新

(1)従来の業務委託契約や再雇用説明文書を、新規定に適合する書面雇用協議へ更新。

(2)労働報酬、休暇、労働時間、社会保険、労災保障など、法定権益を明確化して円滑な移行を確保。

3.新規採用時の体制構築

(1)超齢労働者を新たに採用する場合、雇用開始段階から規範的な雇用メカニズムを構築。

(2)入社後速やかに労災保険の加入手続きを行う。

(3)双方の権利義務を明確化した書面雇用協議書を締結。

4.日常管理の強化

(1)労働時間規制、残業代支払基準を厳格に遵守。

(2)超齢労働者の雇用を、企業の正式かつ法治化された管理体系に組み込み、権利保護を制度化。